ハブの毒が認知症治療薬に?
くすりの不思議
沖縄や奄美大島に生息するハブには猛毒があり、危険生物として駆除の対象となっています。生息地の自治体では、ハブ排除のために捕獲した人へ報奨金を出すところもあります。そんな恐ろしいハブの毒が認知症の治療薬になるかもしれないというニュースが飛び込んできました。
えっ、ハブの毒が薬に?
認知症対策は喫緊の課題
2025年には、国内の認知症患者さんは約675万人になるといわれています。それは65歳以上の5.4人に1人程度が認知症になるという予測となります。これは未来の仮定の話ではなく、間もなく訪れる確実なお話です。さらに2025年には日本の労働人口が6,297万人となり、25年前の2000年に比べて約7%もの減少が見込まれています。認知症となり介護を受ける場合にも介護従事者の不足で十分なケアが受けられないかもしれません。そもそも65歳以上であっても労働の担い手でありつづけなくてはいけない社会が待っているのかもしれないのです。
そんな高齢化著しい日本社会を取りまく不安を救うのが、猛毒なハブなのかもしれない……というお話を少々。
ハブの毒からつくられた酵素が認知症の救世主になる!?
ハブの毒には多様な生理活性をもつたんぱく質が多く含まれています。これらのたんぱく質の働きによって、ハブに咬まれると出血や血液凝固、筋肉の麻痺などが起こるのです。
しかし、これまでハブの毒の全容はわかっていませんでした。九州大学生体防御医学研究所と沖縄科学技術大学院大学、東北大学の共同研究で、ハブの全ゲノム解読が終了し、毒をつくりだす遺伝子進化の全貌が解明されました。その結果、毒液の成分として働くたんぱく質の遺伝子60個と、それらと非常に近いたんぱく質でありながら毒にはならない遺伝子が224個発見されました。ハブの毒液遺伝子は、高度に多重化かつ急速に多様化しながら進化してきたことが示唆されました。その後、東北大学大学院農学研究科が、ハブの毒から「蛇毒メタロプロテアーゼ」というたんぱく質分解酵素を精製することに成功しました。
実はこの「蛇毒メタロプロテアーゼ」が、なんとアルツハイマー型認知症の発症に影響を及ぼすと考えられているアミロイドβというたんぱく質を切断する酵素と構造が似ていたのです。大発見!
いま、このハブ毒を認知症治療薬に応用できないかと研究が進んでいます。
実用化までにはもうしばらく時間がかかるかもしれませんが、人を死に至らしむこともあるハブの毒が、多くの人々が抱く不安の1つである認知症を治療できるのかもしれないというのは、不思議なことですが、希望でもあります。
毒をもって病気を制す
しかし、そもそもがんの治療で用いられる抗がん剤として最初につくられたものは、第一次世界大戦で毒ガス兵器として使用されたマスタードガスに由来するものです。当時の抗がん剤は重篤な副作用が出現して、患者さんの体力やQOL(生活の質)の低下はおろか、ときには命さえも奪いました。しかし、近年注目されている新しいタイプの抗がん剤は、正常細胞に極力影響を与えないように設計されたものが主流になっています。
ハブ毒からつくられる新しい認知症治療薬は、効果と安全性の双方に優れたものであることを期待して、未来を待ちたいと思います。
ハブ毒から得た酵素によりアミロイドβを分解~アルツハイマー病治療法開発への貢献に期待~.国立大学法人東北大学プレスリリース.2023年8月31日
Scientific Reports.et al. The habu genome reveals accelerated evolution of venom protein genes. Scientific Reports,10.1038/s41598-018-28749-4,2018
毒ガス開発の父ハーバー 愛国心を裏切られた科学者.宮田新平. 朝日選書 2007